❓質問:
以前、俳優は自分ではない何かを装わなければならないため、最も不幸な人々であると書かれていました。俳優の方々の回想録などを読むと、舞台に立つことは無上の喜びであり、私生活では反目し合っている相手とも舞台上では愛し合えるほどそこが真実の人生だと感じているという話をよく目にするため、少し疑問に思いました。
❗️leeからの回答:
私がそのようなことをどこで書いたのか、心当たりがありません。そもそも「最も不幸な人々」という表現自体、私には違和感があります。
人はそれぞれ異なる個性を持つ、唯一無二の存在ではないでしょうか。
確かにどの職業にも特有の「急所」は存在しますが、それがその職に就く全員に当てはまるわけではありません。
俳優にとってよくある課題は、常に「売れっ子」であることや「スター」であることを装い続けなければならない点にあります。特に、大作プロジェクトのオーディションで落選し続けている状況では、その苦悩は深まります。観客は彼らが絶頂期にいると思い込んでいますが、本人は主役級のオファーが途絶えた現実を直視しており、このギャップが心理的な重圧となるのです。
しかし、これはあくまで職業上の特殊な事情に過ぎず、俳優という存在そのものに対する宣告ではありません。
強いて言えば、「名声を愛する」という思いが強ければ強いほど、その対極にある「大衆の無関心」という反動も痛烈なものになると言えるでしょう。これはミュージシャンやテレビタレント、政治家など、あらゆる公人としての職業に当てはまることです。
けれども、いかなる場合であっても、個人の現実を決定づけるのは、その人自身の周波数だけです。職業の種類や「世間一般の状況」などは、本質的な影響を持ち得ません。
今日という一日を形作っているのは、100%自分自身なのです。



